ロシアのウクライナへの侵攻があり、東北でまた大きな地震があり。私の意識はますます核兵器/原発に向かっている。
それは、人間が 決して手を出してはいけないものだと捉えているから。人間がコントロールしうる時間軸でなく、多くの人の命を奪うのみならず将来世代にわたって遺伝子を傷つけるほどのものは、人が手をつけてはいけない、平和利用もへったくれもない、人智には太刀打ちできない自然への畏敬の念が大切であると思っている。この世界には、そういうものがあるのだということを、人は本当に知らなければいけない、と自分は思っている。
とはいえ、原発も核兵器もすでにあり、すでにあるものを納めていくことだけでもとてつもなく大変なことなのに、今もなお動き続けている。
そして、そこで暮らしている人がいて、その生業で暮らす多くの家族がいる。
すでに多くの多くの人が反対運動に声を上げてきた。今もなお続いている。自分も声を上げ続けてきた。でも、日本の原発は動き続けている。
ただ無事を祈ることしかできないと思い、巡礼の旅をはじめることにした。
まずはお膝元。関西電力管内の、大飯/高浜両原発に向かった。
京都市内からまっすぐ北に上がって日本海に出たところ。京都と福井の県境に近い若狭湾。
私が小学生のころ、4-6年生の夏休み、この若狭湾で臨海学校があった。
2キロ。遠泳。今だったら虐待とか言われるんじゃないの?って感じのスパルタで、昭和 それも戦前に戻った感じ。鵜飼の鵜よろしく、長い晒を胴の部分にゆわえて、力尽きて沈みそうになったら 先生が引き上げてくれる。それまではがんばれ!というスパルタでした。
海なので、浮いてさえいれば波が流してくれる。4年生の時はむりだったけど、5−6年生は2キロ泳いだことが、おそらく自分の人生の中でも最も自己肯定感を上げる思い出になっている、今でも。
ちょうどその頃、、、1964年生まれの私が10−12歳くらいの頃ということは、1974-6年ころ若狭に行ってたわけで。
ちょうどその頃 ほんのすぐ横で原発が建設され稼働されはじめたんだと今になってゾッとする
福井県は、日本で最も原発が集中しているところです。
原子力発電所が3つもある。今日は2つ行きました。2つで限界。
京都市内から京都縦貫道をまっすぐ。大飯高浜ICがちゃんとあります。
まず東側の大飯原発へ。ふもとは静かな港町。日本海だけど少し入り組んだ形の若狭湾は凪いだ静かな海。その山の途中に原発の入り口がある。
車とめて写真はとっても撮れない。大飯原発はちょうど山に隠れるように建ててあって、入口からも、海の方に下りてきても、原発の建物らしきものは見えなかった。
ただ凪いだ海に続く静かな山に、大きな送電鉄塔が連なるようにそびえ立っている。
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次いで、少し西側にある高浜原発。こちらは一般道から原発建屋が間近に見れます。こわかった。胸やのどが竦む気がした。
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地図を見ると、すぐ横が舞鶴。帰り道に通るので寄ってみる。ほぼはじめて。
港町。北海道への船とか、ここから出るんだよね。
で、忘れてたけど、、、ここは軍港。海上自衛隊、海上保安庁の庁舎と艦船がずらりと並ぶ。レンガ造りの旧海軍施設など、威圧感たっぷり。
行き先案内に、「舞鶴引揚記念館」という文字を見つけたので行ってみた。
そうか、シベリアに抑留された人たちや、満州から日本に引き上げてきた人たちが船で帰ってきたのが舞鶴だったらしい、、、
抑留時の労働や生活、引揚の苦労、待つ家族との手紙などが丁寧に展示されている。
あー、、、なんか ただメモなだけだな、、、
とっても自分の身体に起こったことや 細かな気持ちなんて書けない。まだどんと重い。ただそれだけ。そう書いとくだけで、まずは十分かも。